2017年05月07日

ゴールデンウイークも終わり

今日で(5/07)長かったゴールデンウイークも終わり明日からは皆様はお仕事。私は明日からお休みを頂いて関東へ。

農業日誌と我が家の花

4/28 ジャガイモの追肥と土寄せ
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5/1 
しばけい畑の芋は約2000本植え終わる

たまたま貴巳代の誕生日に百合と芍薬のお花と菓子を持って食事に来店してくれたMさんとSさん。
ありがたく頂戴してお花は少し切って菓子とお供えした。一人で迎える誕生日も5回目となった。
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5/02 
ハウスの芋の苗床にコスモスが咲いている。
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コデマリが満開
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スズランも何箇所か咲いている
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白と紫のアイリスも咲いた
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アーリーレッド(赤玉ねぎ)も徐々に収穫。
しばらく干さないと赤く綺麗な色にならない
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5/03
今日は浜松祭り恒例の町内の接待。
毎年4日だが今年は3日になった。そして8時に激練りが我が家に来るのでお寿司の接待。8時から来るので子供連もいる。何名が練をしてくれるかわからないが150人前お寿司を作る。出前もしながらなので大変。
まず店の前に子供連が引く屋台が到着

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接待するお寿司と飲み物も準備万端
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激練の皆さんも到着
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3日の我が家の激練りも無事に終わって娘がスイスから一時帰国。

5/04〜05
私は祭りの出前を作るのが忙しいが宴会はないので息子は田んぼの代掻き
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ハマナスが咲いた
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娘と茶摘み
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摘んだ茶葉
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端午の節句なのでY町の庭の柏の葉を採って柏餅を作る
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柏餅はいつものようにあんこは自家製大納言小豆で作る

5/05〜06
田植え

浜松南高の南の田(1反)
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中の田(2反)
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西の田(1反)
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池の周りのアヤメの花もだいぶ咲き出した
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娘は今日から埼玉へ 先ずは婿の実家へ
そして明日私も娘を乗せて埼玉へ一緒に行く



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2012年03月22日

妻貴巳代が亡くなりました

3月13日に最愛の妻が亡くなりましたことをご報告します。HP「夫婦で登る百名山」の読者の皆さんには長い間お世話になりましたことをお礼申し上げます。ご報告が遅くなった事をお詫びしますとともに、皆様には妻の希望で病の事を伏せておりました事をお許しください。

妻貴巳代、「俳号またはハンドルネームを渓花」は平成22年9月にスキルス胃癌の末期を宣告されました。10月27日に胃の全摘手術を受けまして主治医に余命1年ももたないと言われましたが、頑張って1年と4ヶ月の闘病の後今年の3月13日に亡くなりました。

手術後は元気なうちにいろいろ行こうということで、ブログでご承知のように沢山の思い出作りをしてきました。そしていよいよ今年の2月9日に入院しまして看病の甲斐なく家族に看取られながら静かに安らかに息を引き取りました。

CIMG5963.JPG聖隷病院最上階の8階の部屋から見える浜松の夜景

CIMG5977.JPG亡くなる前日の朝焼けの街と日の出

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CIMG6416.JPG亡くなる前日沢山の鳩が遊びに来てくれました

屋上には庭園があって花がたくさん咲いていました。私や娘が車椅子を押して散歩をしましたが、アネモネの花がお気に入りでした。
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亡くなるまで個室では私用のベッドを借り、ずっと一緒に付き添って寝ていたので貴巳代は寂しがらずに済んだとは思いますが、それでも洗濯や仕事で病室をあとにする時は寂しそうで後ろ髪を惹かれました。実際寂しがっていましたし、「何時ごろ帰ってくる?」と弱弱しく言っていました。


家内は貴巳代といいますが、名前のごとくわが「蛇の目寿し」を盛り立ててくれました。家内の力があったらばこそと本当に感謝しております。豊橋の「蛇の目寿し」で深い縁の糸で結ばれた二人が浜松にて蛇の目寿しを起こし今に到りました。巳年生まれでもないのに巳という名前が付いた貴巳代は、本当に「浜松蛇の目寿し」のために生まれてきたような人生でした。

娘と私に手をしっかり握られ、私に頭をなでながらいつの間にか息をしなくなりました。身近な人の死というものに直面して死とは何かという不思議な体験をしました。まだそばに居て生きているような気がします。本当に信じられません。

遺体は家内の遺志で浜松医大に献体されました。そして「葬式もしないで欲しい」とのことでしたのでいたしません。私の両親も献体の後2~3年後に遺骨になって両親の遺志によって散骨する事にしました。私も家内も両親を見習う事に生前話し合っておりました。

父の遺骨は山へ散骨しましたが、母は昨年12月に遺骨となって帰ってきましたので、母の希望通り浜名湖へ散骨する事にしました。埼玉の娘が19日に帰るというので、3月15日に私の妹と私の家族で浜名湖へ散骨してきました。
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浜名湖が見渡せる湖西連峰もついでに皆で登りました。(孫娘と娘婿は学校と仕事で参加できませんでした)家内と二人のホームグラウンドの山を皆で登るのは初めてです。そう言えば子供が小学生以来だ。貴巳代の魂も一緒に登っただろうか。
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ちょうど貴巳代の好きだった椿がたくさん咲いていました。
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昨年も二人で見たカタクリの花ですがまだ蕾でした。今月末にはきっと沢山咲くでしょう。
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帰りに葦毛湿原に寄りました。まだ花はショウジョウバカマだけしか咲いていませんでした。
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娘が浜名湖ガーデンパークに行ったことが無いというので皆で行きました。
まだ寒いのにいろいろご苦労されて、花がそれなりに咲いておりました。

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黄色い節分草?最初福寿草かと思ったけれど、葉を見たら節分草のようだからきっと園芸品種なのだと思う。

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モネの庭の睡蓮の池をこのようにして手入れしているとは初めて知った。


そして今日3月22日

ある用事で満観峰へ一人で行ってきました。
朝4時前に家を出て東名を走り焼津ICで降り「花沢の里」駐車場へ。
暗いうちから歩き出して花沢山の山頂直下の撮影ポイントへ。急登にあえぎあえぎ。せっかく登るなら夜明けの富士山を撮りたいと時間が迫る中、必死で登ったからもう心臓はパクパクしんどかった。

おかげでピンクに染まる綺麗な富士山を撮る事が出来て満足。
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一段落して満観峰へ。ここからもアップダウンがきつくて大変だがもう時間に追われることが無いのでゆっくり歩いた。それでも1月26日以来の本格的ハイキングだから体力はなまってしまって情けない始末。日頃スクワットや腹筋なども頑張っているのに実践が無いと体は衰えるのみだ。年を痛切に感じる。もっともザックは負荷をかけ重くしているからかな。

CIMG6534.JPG満観峰にて

綺麗な景色を見ても花を見ても思うのは家内のことばかり。男のくせにまったく情けない。女々しい事この上ない。

CIMG6542.JPG白モクレンの蕾と菜の花

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今日の池坊の先生はこのような花

9時には駐車場へ着いたが、途中20人ほどの登山者に出会って皆さん「もう登られたの?」とびっくりしていた。
貴巳代と常に一緒に居るような満観峰登山は無事に終了した。

いつも貴巳代に見守られたりしている気分だから、貴巳代に笑われないような、恥ずかしくないような人生を全うしなければ、先に死んだ貴巳代に申し訳ない。もちろん沢山の楽しいことや喜ばしい事もあの世に行く時に報告できるような人生を送れるようにこれから生きていきます。

今日読んでいただいた読者の皆さん、これからもよろしくお見守りください。

posted by 雲渓 at 13:51| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月22日

台風15号始末記

台風15号がまともに浜松に上陸(9/21)しました。

浜松に住んで37年弱。いつも来る来ると言われながら逸れてくれていた台風ですが、今回初めてもろに直撃を受けてしまいました。

いよいよ昼近くなって風雨は激しくなるばかり。予約のお客さん6名がお見えになるので店は閉じれないし、とにかく店の用意。予定より30分遅れで1時に到着。外人さん(ドイツ人2名)もいるからキャンセルできなかったかも。別のお客さんもご夫婦で来店。

こんな時に良く出歩かれると他人事ながら感心する。そして2時ごろ停電。お客さんもそれに合わせて慌てて皆さんお帰り。

私は2階に上がり窓から台風の様子を動画に録る。そのうち看板が吹っ飛んだり、瓦が飛ばされたり。

プラスチックの看板が紙のように飛んでいくから人や車に当たらないように祈るばかり。

ユーチューブに載せた動画です

http://www.youtube.com/user/unkeixkeika#p/u/5/ixcgFIw-lys

http://www.youtube.com/user/unkeixkeika#p/u/4/hsfi-5R10p8

音声も聞いてください。

停電してるから台風が上陸したのか、これからどうなるのか情報が判らない。ラジオをつけてもようやく2時半になってニュースになる。どうやら浜松に上陸したらしい。風速は30m以上はあると思うがさっぱりわからない。

ラジオでは馬込川、芳川、安間川が氾濫の危険性があるので私たちの住む町に避難勧告をしている。
私たちはとりあえず水に濡れたら困るものや大事なものを最小限二階に運んだ。後は運に任せるのみだ。

やがて雨も止み風も弱まって息子と散乱した瓦や、看板を拾いに行く。

看板2.JPG台風一過。青空。
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停電しているからもうお店は出来ないので浜に息子の家族と出かける。

あちらこちら倒れた物置や塀、瓦の飛んだ家、飛ばされた看板、倒れた木々などを見かける。人々が後片付けをしている。

海岸近くに来て、浜に出る道は倒木がふさいで車はいけないから、歩いて浜まで出る。浜に出ると海鳴りと飛砂の洗礼を受ける。下の孫は痛い痛いとおどける。

潮は干潮なのでそれ程の圧巻は無い。それでも動画を録る。
思えば子供の頃は九州で、台風の前や後に海岸に出て大勢の大人たちと打ち寄せる大波を見に出かけたものだった。あの恐ろしいほどの迫力が子供心に恐ろしいもの見たさの好奇心になっているのか、浜松に来て子供たちが小学校の時に浜に連れて行って見せた事もあった。あの時も堤防まで波が打ち寄せて大迫力があったものだ。
http://www.youtube.com/user/unkeixkeika#p/u/1/EcxOBCSaXh0

家に帰って冷蔵庫はもうだいぶ止まったままだから、開けると冷気が弱るのでインスタントラーメンを作ってローソクの火の元で皆で食べた。子供達はきっと今日のことは心に残った思い出となるだろう。
7時ごろようやく電気がついてTVを見た。娘からも電話が来る。婿は休みだったので帰宅で苦労する事が無くラッキーだったようだ。TVでは東京の通勤客は震災の時のようにまたまた苦労しているようだった。

叔母からも心配のメールが入っていた。返信をした。

そして長〜い長〜い一日が終わった。

9/22.今日は定休日。息子とまず傾いた花桃の木を、通る人に迷惑をかけるので真っ直ぐにするか切るかを決めた。ロープを車に結び引っ張れば元に戻るかもしれないので、幹にロープを結び4駆のドミンゴで引っ張った。なんなく元に戻りロープで固定して一件落着。
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横倒しになって今にも折れそうな花桃の木
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ロープで固定した花桃の木

コスモスはようやく花が咲きそうになったのに無残にも倒れてしまった。
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スイフヨウも悲惨な状態。

畑に行ったら隣の物置が吹っ飛んできて中身が散乱して、まあこれはいったいどうなるのでしょう。作物も何がなんだかわからない状態で手に負えない。
畑の惨状.JPG畑の惨状3.JPG畑の惨状2.JPG

家の屋根は何箇所か浮いたり、はがれたようだけど雨が降らないうちに修理してもらわなければ。
とまあこんな状態ですがこれからぼちぼち回復していくことでしょう。
posted by 雲渓 at 11:31| Comment(0) | 近況報告 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする