2016年03月31日

岡崎城お花見

今日は久しぶりにKさんと岡崎城にお花見へ行ってきた。
幸いにポカポカ陽気で一気に花も満開人出も満開。

先ず先日開通した新東名を通って豊田東JCTから東名に入って岡崎に下りる計画を立てた。
浜北ICから新東名に入ったがけっこう通行量が多くてびっくりした。山の中を縫ってトンネルもたくさん通って岡崎SAにやってきた。Kさんが喜びそうな計画を立てているのでやっぱり喜んでくれた。



昼ご飯まで時間はあるがKさんはいろいろ食べたいらしくついついいろいろ買って椅子に座ってお茶ももらって頂いた。ちゃんとしたご飯でなくてもこういうのも楽しいものだ。

外はそれほどでもない感じだが中は人でごった返していた。平日でこれだから土日は凄いことだと思う
岡崎SAにて
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そして新東名から東名に入って岡崎城へ向かう。駐車場はどこも満車だったが近くの図書館の駐車場に誘導されて入ることができた。
DSCN2092.jpg岡崎城正門

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天守閣から見た満開の花
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絶好のお花見日和に二人共大満足。

帰りは国一を通って豊橋の二川宿へ行った。
湖西連峰登山口のいもう湿原へ行くときにいつも前を通るだけで一度も入ったことがなかったから、NHK「鶴瓶の家族に乾杯」で見たから二川宿へ寄ってみた。
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農業日誌と我が家の花たち

ハウスのサツマイモの苗床には雑草としてなぜかコスモスの花が咲いてきた。
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玉ねぎの収穫も全て終了。畑はトラクターで耕されて次に植えるための準備に入った。
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モミジも新芽が芽吹いてきた
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柏の花も咲いてきた
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ユキヤナギの一種、蜆花(シジミバナ)
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お店の花たち
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娘に預かっているムスカリ
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3/28〜3/30の三日間じゃがいも畑の草取りと芽かき、追肥、土寄せをした。130個を7畝、約900個分だから結構くたびれた。
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息子は白ネギの種をまく準備と稲の種(モミ)をまく準備をした。稲は師匠と仲間の方と共同でやるのでありがたい。

昨日の夜ブログを見て私の店にいつか来たかったと名古屋と松本の方が来店してくれた。名古屋の方は登山が好きらしく私のブログにヒットしたそうだ。松本の方と仕事の都合で浜松に来たから一緒に来店したそうだ。
山の話や信州の話で盛り上がって我が家で採れた野菜と我が家で採れたお米(コシヒカリ)のお寿司を堪能してくれた。本当にありがたい嬉しい出来事だった。
posted by 雲渓 at 18:54| Comment(0) | 農業日誌と観光 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月24日

湖西連峰へ・カタクリの花に逢いたくて

今日は玉ねぎの収穫も一段落したので久しぶりのお休み。
という事で湖西連峰へハイキング。
今頃はカタクリの花も咲いているのではと期待を込めて行った。

昨年は玉ねぎの収穫が遅くまでかかったので花見や登山もできなかった。今年は人並みに遊べそうだ。

国一が通勤で渋滞する前に出発するか通勤ラッシュが終わって出かけるかと寝る前に思ったが早く目覚めたので6時に出発。7時前に葦毛湿原Pへ到着。いつもならカタクリのシーズンだったら駐車スペースがないほどなのに1台しか停まってない。ありゃりゃ。まだ咲いていないのかとがっかりした。

葦毛湿原へ到着したら張り紙があって23日には咲いていると書かれてあったので期待が膨らんだ。でも寒の戻りで風が冷たく真冬並み。

かたくりの花開花状況の張り紙
随分親切になったものだ
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葦毛湿原の看板
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尾根に向かって歩き出す。
コバイケイソウの群落。緑がきれい
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しばらく歩くといつもの場所にピンクのツツジがお出迎え。
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空は雲に覆われてこれではカタクリの花も開かないからと先に黄すみれが咲くところへ行ってみた。黄スミレは東海地方ではここだけしか咲かない貴重な花。毎年花が多くなっているようで嬉しい。

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ヒロハノアマナ
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NHK中継所が一番カタクリが多いが空は雲に覆われて陽がささないから花はあるけど開いていない。陽はだいぶ高くなっているし西方面は雲が無くなってきているのでもうしばらくすれば開くのではないかと神石山へ向かった。
閉じたままの花
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座談山では椿がたくさん咲いている
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浜名湖
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神石山で休憩の後空は雲一つない青空になって日差しも燦々と降り注ぐ。中継所へ戻ったら見事に開いてくれていた。

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すみれもたくさん咲いている
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尾根から豊橋の街
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葦毛湿原に下りて散策

ショウジョウバカマが花盛り
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可愛いハルリンドウもたくさん咲いている
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今日は日本画家の竹内さんのお宅へこれから伺った。多米峠前の松月庵という手打ち麺のお店に入ってお昼ご飯。流行っていて美味しかった
そして細江町へ。
竹内さんは日本画の作成中で朝ドラ「朝が来た」を一緒に見て早々にお邪魔だからおいとま。

Y町の家に寄って大根と里芋を収穫。玉ねぎも一緒に家に持って帰った。モンゴルにいる娘に帰国中東京の3人にお世話になったから玉ねぎを送って欲しいと頼まれていたので箱詰めにして送った。

長崎の叔母の旦那さんが亡くなったのでいろいろ野菜を送った。

農業日誌

玉ねぎの収穫と出荷作業がいよいよ最終段階
3/17 国一南の畑収穫終了
3/22 西、北、東の畑収穫終了

あとは南の畑を少し残すのみ
昨年は560箱だったが今年は今のところ950箱
目標の1000箱へひょっとして届かないかも。
それでも昨年は初めてということもあって植えるのも遅かったが収穫も4月末までかかっていたから今年は大変満足な出来。まだまだ来季に反省点を克服して息子は意欲満々。

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玉ねぎは繁殖力旺盛で収穫が遅くなると薹が立ってきて花を咲かせようと一生懸命。また花の代わりに玉がいくつも分かれる分球という方法もある。種にもよるが分球する玉ねぎも結構あってそうなるとB級以下の扱いになる。ひどいのになると10個以上にも分かれる玉ねぎもあるから笑える。
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フキの薹も終わってフキがたくさん出てきた。
キウイ棚の下のふき畑
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ユキヤナギ
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厄介な土筆がいっぱい出てきている
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ハウス内のサツマイモの苗床
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先日植えたジャガイモも沢山芽が出てきている

先週世界不思議発見をビデオで見ていたら懐かしいネパールをやっていた。
野口健がヒマラヤ街道などを紹介するのだが先の地震で大変被害を被って気の毒な状況。
何年か前家内と行った思い出のネパールがいっぱい出ていた。
エベレストビューホテルも今では懐かしい思い出だ。
http://www.geocities.jp/hyakumeizan2345/tokushuuryokouki/21_2_15_nepal_gongori/21_2_15_nepal_gongori.html

posted by 雲渓 at 19:55| Comment(0) | 登山、農業日誌ほかの日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月11日

あれから5年、家内が亡くなって明後日で4年

今日は東日本大震災から5年。各地で慰霊の行事が行われ、TVではずっとあの日を忘れないそして二度と悲劇は繰り返さないと朝から映像が流されている。被災した方々のお話を聞いたり映像を見たりする度に涙が溢れてくる。あの津波の映像を思い出すと沿岸地帯に住む私たちも他人事ではいられない。しっかり目に焼き付けて教訓として生かされなかればいけない。

震災で一番悔しいのは原発の事故だ。
これがなかったらまだ少しは救われるのにと思う。
放射能汚染の水は際限なく出来てタンクがいくつあっても足らない。汚染された土壌の置き場も大変だ。原発で避難された方々も莫大な賠償金がもらえたとしても気の毒だ。
このような未曾有うな事故が起きて誰も責任を取らないし税金は湯水のように垂れ流されている。

それなのに政府はこれに懲りるどころかまだ原発の再稼働を日本中で行おうとしている。頭がおかしいとしか思えない。いつ何時想定外の事故が起こるかわからないのに利権があるのかよくわからないが本当に勘弁して欲しい。
原発のゴミの処理だけでも莫大な税金がかかるし、廃炉にするにも何千億ものお金がかかる。でも停止しなければもっともっとお金がかかるし今回のような事故でも起きればとんでもないとばっちりがかかって想像だにするのが恐ろしい

震災の日が来るたびに言いようのない悔しさが残る。

震災の3月11日が来るたびに一年経った二日後(3/13)に家内が亡くなった命日がやって来る。家内との樂しかった日々を毎日のように思い出しているが4年経つと寂しさは少しずつ慣れてきたように思う。もちろん寂しくないわけではないが必死で寂しくないように思い続けているだけかもしれない。幸いにも私の場合お店と畑が忙しいので気が紛れてありがたい。

DSCN1973.jpg今日の祭壇へのお花

とくに新玉ねぎの収穫に追われて忙しくしているおかげで寂しさも紛れていると思う。

3/8 我が家の5本の豊後梅の花が満開になっている 毎年大きな美味しい梅ができるので楽しみ。ほかにも5本ほどあるが白い花が早くに咲いていた。
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国道1号線の南側の畑を昨年から借りて玉ねぎを初めて植えたが、そこは5箇所ある玉ねぎ畑の中で作付面積は2番目に広い。
5箇所の畑を順繰りに収穫していて、東の畑は収穫終了。そしてここも今までは大きいL級になったのを広いこぎしていたが3/1以来3/8に行ってみるとしばらくおいていたので随分大きく生育していてたくさん収穫できた。
DSCN1967.jpgだいぶ空いてきた国道1号線の南側の畑

3/9は午前中に上記の畑の収穫した処置と片付けをして雨が降ってきたので家に帰りたくわん漬けを作った。
先日干していた大根12kgをぬか、塩、砂糖、ウコン、みかんの皮、唐辛子を分量に合わせ桶にビニールを敷いてその中に順に並べて漬けていく。塩と砂糖以外は全部自家製のものだから驚く。

ついでに昨年取れて干しておいた唐辛子をオートミルで粉末にして一味唐辛子を作った。ラーメンにかけたら市販よりずっと辛かった。
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3/10木 昨日は一日中西の畑の収穫と根と葉を切る処置をした。定休日は一日中出来るのでやはり仕事がはかどる。
DSCN1980.jpg西の畑もほぼ終了

息子は先日買った乾燥機が向きが反対というので分解して一日中かけて組み立てたりコンクリを打った場所へ設置していた。幼少の頃から機械や目覚まし時計などを分解しては壊していたが、せっかく中古で安く買った乾燥機も壊さないか心配だったけどよく反対側に取り付けて運転できるようにできたものだ。中古で買ったコンバインやトラクターなども運転できたり修理できたり器用でなんでもできるから感心する。特にパソコンなども大変詳しい。農業機械は正規の新品だと恐ろしい程の値段だが中古だからこれまた恐ろしい程安上がり。
息子の嫁は孫が学校から帰ってくるまで出荷作業を手伝っていた。

夜7時から町内の役員会に出席した。2年の任期がこれで終わってホッとしている。別に大した仕事をしたわけではないが毎月忘れずに出席するというのはかなりプレッシャーだ。先月は畑が忙しくて前日まで覚えていたのにすっかり忘れて欠席してしまった。
7時から出席というので忘れないように畑も途中で終わってお風呂に入って、夕食は帰ってするしかなくギリギリ間に合った。これで役から解放されてやれやれだ。月一回の夜間パトロールも先月で終わったし、あとは学童の下校時の旗振りをもう一年しようと思っている。可愛い孫が来年度3年生になるからそれまで頑張ろう。

そして今日の3/11。
朝から震災関連の番組が流れているが家に帰った時にしかTVは見ることができないけど帰宅して改めて津波の状況や震災の体験者のお話を聞いている。

今日は沈丁花が咲いているのに気がついて写真を撮った。
30年前に植えた木が5年ほど前急に衰えてひょっとしたら枯れてしまうかもしれないと挿し木をしてだいぶ大きくなってくれている。

4〜5年ほど前ちょうど家内が病気になったり亡くなる頃店の前の松や紅白の梅の木、沈丁花が枯れそうになってきたりしていたが松も元気を取り戻し紅白の梅も今年はたくさん花を咲かせてくれた。そして挿し木した沈丁花も3箇所で咲いてくれるようになった。
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Y町の東側の通りに面した水仙の花が満開になった。
ここの以前の地主さんは横浜の方だが週末には御夫婦で通っては花の手入れや畑仕事をしていたそうだ。実のなる木も大変多く花もあちらこちらでたくさん咲いてくれている。きっと奥さんがお花が好きだったのではと思う。ありがたいことだ。
大きなラッパ水仙なども一緒に咲いている。
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今日は息子たちは出荷作業を頑張って75箱出荷できたと喜んでいた。一日の出荷量としたら今までで最高。
トータル700箱を突破したそうだ。
昨年の出荷量が550箱だから軽く超えたことになる。注文した箱(全部で1200箱)が500ケースほど残っているが後どれほど出荷できるか楽しみだ。
東と西の畑は終了したので、広くない北の畑と南の畑、そして先日頑張った国道1号線の南側の畑がどれほど取れるか。
腰が痛い時もあるがまあなんとかなるだろう。肩も凝ってきているが持って欲しい。玉ねぎの根を切って葉も切るがその時に玉ねぎを出荷できる綺麗な状態にしてあげるので指先が痛くなってきているがそれもなんとか持って欲しい。
出荷が終了するのにあと10日ほどの辛抱だ。

そして明後日家内の4年目を迎える。
posted by 雲渓 at 22:45| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする