2018年05月17日

実は入院して心臓カテーテル手術をした。

5/14(月)に入院して5/15に手術。たまたま私の誕生日が手術になった。

文ばかりで愛想がないので我が家の花

ハナビシソウ昨年のこぼれた種から自然に生えて花が咲いた。
カリフォルニア州の州花
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最近心臓が可笑しいとは思っていたけど、定例の半年に一度の診察で不整脈が多いからカテーテル手術をしたほうが良いと言われたので主治医の言う通りにしたらそんなことになった。私のスケジュールも見てくれたのだが早いほうがいいと思った。

一週間前に心臓のCTを撮ってそれを参考にするのだろう。
息子に駅まで送ってもらい聖隷浜松病院へはバスで行く。

今回はもしものことがあった時のために立会人が必ずいるという。手術が何時から始まるかわからないが息子夫婦は火曜日は夜宴会が入っているので出来ないので湖西にいる妹にお願いした。

入院手続きが済んで日程を確認したら朝の9時からなので足のない妹は湖西市から来るのは大変で9時から始まり終わるのが12時頃、麻酔の切れる3時頃には終わる、それまで立ち会って欲しいそうだ。というので息子に来てもらうことにして妹には断りの電話を入れた。

立ち会うといっても待合室で経過を待つということで結構退屈だろう。申し訳ない。

その日は明日の準備や説明を聞いて看護婦さん二人がかりでチン毛を剃られた。前もって聞いてはいて覚悟してたとは言え下半身裸になりみっともいいとは言えず恥ずかしいったらありゃしない。
まずは恥ずかしいの洗礼一号

看護婦さんの至れりつくせりの優しい応対でその日はくれた。

手術当日。
息子の嫁がまず8時までに駆けつけてくれた。忙しいのに大変で浜松医大に用事があると言って出かけたが汗をかきかき9時前に間に合ってくれた。
私は手術着に着替え、看護婦さんが私のモノを持ちストローより太い管を尿管にいれ膀胱まで入れようとする。あと少しで膀胱に届くところでどうしても無理なようで管を抜いてそのまま車椅子で手術室へ。手術台では排尿した場合もれないような処置をした。
そんなことなら初めからそうしてくれれば、まるで拷問のような痛さをせずに済むのに。悲しくなった。

沢山のスタッフに囲まれて説明を受けたり手足が動かないように固定されたり、麻酔を打たれたまでは覚えているが気がついたときは病室で一生懸命声をかけられて何やら叫ばれてる。夢の中で目が覚めたら一体ここはどこ?
もう手術は終わって息子が途中で代わったらしいが帰ったあとだった。

それからが大変。麻酔が覚めてきたら胸のあたり心臓が締め付けられるようで苦しくて痛くてこんな体験は初めて。
まだ朧げだけどこれで私も一巻の終わりかと覚悟した。こんな苦しいのなら早く殺して!!

先生や四五人の看護婦さんもオロオロしている。と感じた。先生はどこかへ消えた。
何時間が過ぎたか一時間ほどだったかわからないが次第に痛みも取れて正常に戻った。死なずに済んだ。

今日は朝から水も50ccとわずか、朝食抜き、もちろん昼飯も抜き。夜の食事も食欲はないが聖隷クリストファー看護男子大学生がスプーンで口に入れてくれ少ない量だったが食べることができた。
優しい気のつくアルバイトの学生さんだった。なぜこの道にと聞いたら両親が看護師だからと言っていた。出身は静岡だと。イケメンで役者にしても良いような感じで、きっと持てるだろうなと思った。
壁に貼ってる私の年齢などを見て「今日が誕生日なのですねえ。お誕生日おめでとうございます」と嬉しい一言を言ってくれた。ほかの看護婦さんは忙しいのでそんなことには気がつかないだろうが、嬉しかった。

さて排尿になった。看護婦さんが来て私のものを持って今度は昨日より細いくだを尿道に入れる。これも拷問のようで泣きたいくらい。膀胱まで届かないがなんとか排尿できた。

それからはもよおしたくなったらナースコールで呼んで持ってもらって管無しでオムツに包んでもらい何時でも排尿することができた。それでも管を入れた後遺症で出血して痛くて痛くて。

排尿したらコールして何グラムか測って記帳してもらう。そして新しいオムツに替えて包み直してもらう。最初は下腹部を丸出しで持ってもらったりとても恥ずかしかったが、それ以上に献身的に看護してくれる看護婦さんに感謝しかなかった。

九州福岡県飯塚市出身のAさんには本当に感謝しかない。まだ20過ぎたばかりのような娘さんだ。夜8時からあくる日の9時頃まで献身的に頑張ってくれた。ブラックなんてものじゃあないだろうけど明後日の昼まで休みだとか。タクシードライバーと似たようなものかな。

もちろん私一人ではなく大勢の入院患者にもだが。私も九州は大分県出身で、彼女の出身の飯塚市鯰田村に一年間いて小学校は鯰田小学校に入学した。今では合併して違う校名になっているらしい等話が弾んだ。なにか縁を感じた。多分これきりで会うこともないだろう。
もちろん6人の大部屋で皆いびきをかいて寝てるから静かに話すのだが。

その夜は絶対安静で寝返りも手足を動かすこともできず、右足の付け根には太い管(カテーテル)を入れた傷口が痛くて一睡もできなかった。
首の付け根からも入れたのだが心臓より高い位置だから出血は少なく痛みも何故か少ない。

何度か排尿したが最初は痛くて満足に出なくて、手術の時に身体中に回っている造影剤を血管から排出せねばならないので苦しくても何度か頑張っているうちに痛みもなくなって割と楽に出るようになった。

午前午後と先生や看護婦さんの検温だ血圧測定だ経過診断だと目まぐるしい。
みなさん大変なことだ。
3日目は先生に傷口の絆創膏を剥がしてもらい手術の時の糸も切ってくれて順調かに見えたが、看護婦さんは動いて良いと聞いたので私がうっかり体を動かしたらまた出血して布団やシーツ、入院着など汚してしまった。
おまけにレントゲンをするために車いすに乗って動いたから出血がひどかった。またきつくテープを張ってもらいこれからは絶対安静とまた手術当日に戻ってしまった。先生は「動いていいなど言ってないのに」と言っていた。


とにかく絶対安静。これがきつくて腰は痛くなるし最悪。でも我慢我慢。FBで私の誕生日を祝ってくれるメッセが来ているがスマホを開いてみることは出来ても返事を書き込むことができない。気にしていたら娘が私の事情を代わりに書いてくれた。

あるとき看護婦さんが「昨日は誕生日だったんですねお誕生日おめでとうございます」と言ってくれるからどうして気がついたかと聞いたら、TV台に息子が薬袋の裏に「お誕生日おめでとうございます」と書いてるのを見つけて言ってくれた。そうか、息子もそんなのに書いててくれたんだと嬉しかった。

今日は最後の夜、たっぷり熟睡できた。

こんな状態で退院できるかと心配したが当日じっと動かずにいたからなんとか出血は止まって先生の巡回でどこも異常なしで退院できると言ってくれた。21日から5日間予定しているスイス旅行は観光だからいいと言ってくれた。主治医は私が登山が好きなのを知っていてスイスでも登山をするつもりかと驚いていたが「今しか咲かない花を見に娘が運転してくれるので行く」と言ったら納得してくれた。

そして無事に退院。息子は病院まで迎えに来ると言ってくれたが手術以来初めて歩いてみてフラつかずに歩けるからバスで帰ると言って断った。果たしてバス停から家まで5分ほどかかるが出血ばぶり返さずにふらつかずに帰れるか心配だったが無事にたどり着いた。

というわけで長い文だけの日記になってしまった。

家族や大勢の皆さんのお陰や病院の先生方スタッフの皆さんのお陰で今回の三度目の心臓手術は終わった。

木曜日の夕刊で西条秀樹さんの訃報が載っていた。彼は脳梗塞を二度患ってそれが原因ではないかと思うが脳梗塞は心臓心房細動が原因で血栓が頭にきて起きる病気。

今日の夕刊には星由里子さんが心房細動とガンで亡くなったと報じていた。それほど心房細動は怖い病気。

たまたま私はでペースメーカーを入れてもらって定期的に診てもらっているから少しは安心だがそれほど心房細動は怖い病気。
暇人の私は病院通いができているが多忙の人は医者に診てもらうこともしないうちに亡くなっていく。
心臓とガンと肺炎はほんと怖い病気。みなさんも定期検診は必ず受けてください


農業日誌 5/18


久しぶりに(13日以来)畑に行って見た

今日畑を見てきたらビワもだいぶ大きくなっていた。後ろは渋柿、今はたくさん実がついているが雨が多かったりするとほとんど落ちてしまい昨年は10個ほどしか成らなかった

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今年こそ蓮も咲きそう。

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5/12に落花生を追加で種を蒔いたら今日はほとんど芽が出てきてた。

ウツギ
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南隣のMさんに挿し木のブドウを頂いたのが、4年経った今年初めてのぶどうに3つ房がついて花が咲いた。ぶどうの花は初めて見る。このまま順調に実がついて欲しい

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先日蒔いた人参と小蕪が芽が出てきた

スイスのスイカを8箇所定植した
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2018年05月11日

初めてのCTスキャンと浜松市美術館

昨日は(5/10木)生まれて初めてCTスキャンをした。

5/14から5/17まで入院して心臓カテーテル手術を15日に行う。
そのために今日は心臓の周りの血管の様子を見るためと思うのだがCTスキャンをした。

2時が受付予約になっているのでそれまで浜松市美術館と平野美術館へ行くことにした。
9時過ぎに軽トラで出かけてまず浜松市美術館へ

しばらくリニューアルのために閉館していたが4/14から開館。日本洋画150年展と銘打ったウッドワン美術館コレクションの洋画の名品展が開かれている。会期は6/6までだそうだ。

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明治から現在までの日本の洋画界を背負ってきたそうそうたる有名画家の作品ばかり。教科書や各地の美術館で見たことがある作品もあったが知らない画家や作品も数多くあって大変素晴らしい展覧会だった。
週刊アサヒグラフ別冊美術特集を全冊保有しているから掲載されていたのも多かった。

東京の美術館展と違って大勢が押し寄せるということもなくゆっくりじっくり鑑賞することができた。それでも100人近くはいたことと思う。やはり人気のほどが伺える。

おみやげコーナーで図録を購入して美術館を出た。図録では日本画もたくさん掲載されているようだがいつの日か日本画展も開催して欲しいと思った。広島県の一材木会社がこれほどのコレクションをしているのに驚いた。できれば広島県まで出向いて鑑賞したいものだと思った。

そういえば岡山県倉敷市の大原美術館には未だ行ってないから一緒に行こうと思う。島根県の足立美術館へは百名山登山の折家内と行って感動したことがあるがまた訪れて見るのもいいと思う。

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次は平野美術館へ。浜松市美術館からそれほど離れていないからちょうど良い。
と思って行ってみると馬鹿に静かだなと思って入ろうとしたらなんとお休みだった。木曜日にいつも来ているが休みだったことはないのにどうしたことだろう?NHK日曜美術館のアートシーンでも紹介されていたのにとても残念だった。

仕方ないので時間がだいぶあるけど聖隷病院へ向かった。なぜなら13時にCTスキャンをするにあたって薬を1錠飲まなければいけない。飲んだら車も運転できないらしい。というわけで近くの以前Kさんと娘と三人で行ったベトナム料理を食べに行った。
まだ11時少し過ぎたところで開いているかと思ったが聖隷病院の駐車場に車を入れて行ってみたら開いていたのでホッとした。

ホーのランチを注文していただいた.席が満席になって来たので長居はできない、ベトナム食堂を出て聖隷病院に入る。受付を済ませて入院の間退屈しのぎに読む本を二冊購入。

予約が2時半で受付が2時だからまだ2時間ある。一応受付を済ませて待合室でのんびり過ごす。
薬を飲む必要がなければいろいろ用事を済ませることができるが今更家に帰ってバスで来るのも大変だし仕方なく待っているといつのまにか眠くなってうたた寝。看護婦さんに1時に起こされて薬を飲んで2時半までスマホを覗いたり本を読んだりする。


時間が来て衣服に着替えてCT室に入ってCTのベッドに乗り「はい大きく息を吸って!はい止めて!楽にしてください」を5回ほど繰り返して終わる。30分ほどの時間。
造影剤を注射されたり舌の間に何やら薬を乗せられたりすこ〜〜しだけ緊張した。

ふらついたりするかもしれないので待合室で30分ほど休憩して血圧を測って(上が90ほどで下が60ほど、最初検査するまでに測ったときは上が100で下が70)いつものように低いままなのでOKが出て料金を払って病院を後にした。3日後にまた来なけねばならない。

下着やジャケットを買って夕飯を食べて帰宅。長い一日だったような気がする。

娘は心配してスイスから帰国して手術に付き添うなどと言うが妹が湖西から来てくれるから大丈夫だからと断った。本当は心配するから言いたくなかったのだがネット俳句の締切の変更やら選句評の締切の都合で会員の娘やみなさんにお知らせしなければならず、心ならずも知らせることになった。

前回カテーテル手術のときは一箇所からだけだったが今回は二箇所管を2本入れてやるらしいから一人家族が待合室で待機して欲しいだとさ。
息子たちは15日の手術当日は宴会の予約が入っているから無理だから湖西市に住んでいる妹にお願いしたら心良く来てくれることになった。



農業日誌と出来事

5/3 浜松祭りが始まって昨日まで雨だったが朝には止んでくれて凧揚げ合戦が始まったようだ。今年は嫁が子ども会の役員だから大変だけどずっと出席している。出前の時間はちょうど帰宅している時だから助かった。

店の合間を見て柏餅を作る
柏の葉がせっかく綺麗にあるから毎年自家製柏餅を作る
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今年のさつま芋。ほとんど活着してくれたようだ

さつまいもはビニールハウスで苗を育てツルの先20cm程を切って挿し木をするのだが、昨年は結構活着しないのがあって今年は今までと違うやり方で挿し木をしたらほぼ成功。息子はあれこれ試しているようだ。

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16列2800本ある

今年の我が家への激練りは5/5
出前が忙しくて大変だけど接待用の寿司を100人前弱作る。今年は息子たちは豚汁230人分とフライの盛り合わせを10皿作った。

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立野町は今年は初子がいないらしく接待する家が少ないからこういう時こそと思って頑張っていろいろ作ったようだ。喜んでくれたかしら。


5/6は田んぼの代掻き

5/8は田植。
今年は1反増やして5反になったが仲間で大きな田植機で田植えをするから2時間ほどで済んだらしい。
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小さな池の睡蓮が今年も綺麗な花を咲かせてくれた。
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ブロッコリーが順調で毎日食卓に上がる。
レタスも終わりに近い。
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カリフラワーが玉になってきた。今年初めて挑戦する
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スイスに行った時に食べたスイカが腕に抱えきれないほどの大きさで美味しかったから種を持って帰って蒔いたら10個ほど芽が出てくれた。

昨日は息子たちは三角の田にもち米をう植えた
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2018年04月27日

東京美術館巡り

昨日(4/26木)は新幹線で東京まで行って美術館巡りをしてきた。
今月の10日に行った時に国立新美術館に行くつもりだったがあいにく火曜日休みで、スイスチューリッヒにある「ビューレ・コレクション美術館」展が見そこなった。

会期も5/7までで昨日行かねば観れないと思って新幹線で出かけた。ついでに上野の東京都美術館展と芸大美術館展(東西美人画の名作・序の舞への系譜・会期は5/06)展が開催されているので出かけた。序の舞は上村松園のあまりにも有名な作品だが一般公開はされてなく修復されて初めて一般公開された。

いずれもNHK日美で紹介されたものばかりだから行けれるものなら行きたいと願っていた。そしてやっと私の予定が空いたのでそれではと出かけた。

新幹線から降りたら上野を先に行こうか東京駅から地下鉄で乃木坂まで行こうか迷ったが先に国立新美術館へ行くことにした。あまり乗り換えなしで行くには東京駅から少し歩いて東京メトロ千代田線、二重橋駅に行って乃木坂で降りたらすぐ美術館につながっているので楽ちんだ。

そして着いてみたら大勢が列をなしてとんでもない状態。
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それでも30分も待たずに入れた。中に入っても人人人でごった返して前に進まない。
作品を観るのも一苦労。東京はいつもこんな状態。モナリザが来た時も等伯展もすごかったことを思い出す。

それでも辛抱して観て行ってお目当ての作品に出会えた。
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ルノアールの印象派の初期の作品。ある貴族に娘の肖像画を頼まれて描いたけど親は印象派でぼやけたような作品が気に入らずお金も少ししかくれなかったようだ。当の本人は大事に持っていたらしいが戦後お金に困窮して売りに出してどこに行ったか行方不明になったらしい。
そしてあるときオークションに出たのをビューレが求めて大切に保管されていた。

来月もスイスに行くから観ようと思えば観れるかもと思ったがセキュリティーが大変で今は閉鎖されているらしい。
その他ゴッホやゴーギャン、セザンヌ、モネ、マネなど有名な画家の作品も見終わって満足してレプリカを購入して美術館をでた。買ってもレジまでたどり着くのも一苦労。すごいことです。

同じ地下鉄で湯島まで行って上野公園まで歩いて行った。ほんの500mほど。
昼食に北京料理の蓬菜閣に入って酢豚ご飯を頂いた。久しぶりに美味しい酢豚に出会えた。

歩いて上野公園へ。先日来た時は花見とパンダでごった返していたけど時間も2時近かったからまあまあといったところ。上野公園はほんと、目をつむっても行けるぐらい、なんてね。

まず東京都美術館でロシアの「プーシキン美術館展」が開催中。フランスの旅する風景画展で有名画家などの素晴らしい作品を鑑賞。
ここもすごい人だった。
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次は芸大美術館で東西美人画の名作・序の舞への系譜展へ。
やはり日本画は素晴らしい。私はやっぱり日本画が好きだ。とくに美人画は大好き。
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私が大好きな浜松が誇る日本画家竹内雅明さんも東京芸大出身。首席で卒業したけど欲や名誉を欲せず自分の好きな絵を思うままに描く人。
だから有名には今のところなっていないが私はそんなところが特に好きで贔屓にさせていただいてる。

どこも写真には撮れないが図録を購入。
大満足で次もNHKシリーズ「人体」で見ているので科学館へ入る。私はこうして見るとNHKに随分影響されている。
シリーズで見たと同じような展示だったからそれほど感動しなかった。

そして上野駅から東京駅へ来て新幹線に乗って帰った。
浜松駅からバスでいつもなら古川バス停で降りるのだが、韓国に旅行して芳川バス停そばの韓国料理屋さんが気になり入った。

入ってみるとメニューもいろいろあって注文して食べたら凄く美味しかった。また行きたくなった。

そして歩いて我が家まで帰った。
国道1号線と150号線の交差点に大きな我が家の看板があるが今月いっぱいで取り外すので記念に写真を撮って帰った。随分長いあいだ広告塔としてきたが寂しくなるけどもう役目は終わったかな。
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我が家が看板をだしたときは何件も一緒にあったが今では当店の看板だけが頑張ってきてた。そしていよいよ終わる。
店はまだまだ続いていくと思うが。


農業日誌

 
韓国から帰ったら息子たちは東の畑でさつま芋の植え付けをはじめていた。ジャガイモも土寄せと追肥をしていた
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16列を私も手伝って4/23にほぼ終わる
1列175本で16列2800本

4/20 ルピナス、マツバボタン等の種まき

4/21 とうもろこし定植

4/23 落花生植えるために苦土石灰肥料等畝作る

4/24 茶摘み 息子たちは玉ねぎアーリーレッド(赤玉ねぎ)の収穫をしばけい畑とすき家近くの畑を収穫
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4/26 稲の苗も大きくなって息子は代掻きをする
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我が家の花

今は終わったが
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芍薬が咲きだした
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マーガレット
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DSCN9818.JPG池の周りのアヤメがだいぶ咲き出した


バラがひっそりと咲いていた
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ヒラドツツジ
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posted by 雲渓 at 19:26| Comment(0) | 美術館と農業日誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする